福利厚生の課題
変化する福利厚生に求められる要件
福利厚生はこれまで、低い賃金水準を補充する経済的な側面のほか、社会保障の代替や労働力の確保などを目的に実施されてきた。従業員も福利厚生に期待を抱き、一定の効果はあったが、時代は大きく変わった。
近年は企業の賃金水準が向上し、福祉関係のインフラも整備されているため、従業員の生活水準が向上。さらに、人材の流動化や雇用形態の多様化が進んだことで、福利厚生に求められる要件は変化している。
企業は限られた費用で、従業員のニーズにかなっているのか、適正な制度体系になっているのか、効果的な運用がなされているのか、という点を戦略的に検討しなければならない。従業員の満足感を最大限に引き出すための、これからの福利厚生について考えてみよう。
●法定外福利厚生へのニーズの変化
業界ごとに横並びの傾向が強かった福利厚生施策だが、バブル経済が崩壊した後、経営モデルの変革とともに見直しが進んだ。
まず大きな影響を与えたのは、コストダウンである。法定外福利厚生は整理・縮小を余儀なくされた。さらには、従業員の高齢化と年金改革に伴う法定福利コストの増加、成果主義や業績主義の人事・評価制度との整合性の確保も、福利厚生施策を見直す一因となっている。
限られた原資の中で、質的な見直しを図ろうとした結果、福利厚生の主流だったレクリエーションや保養、慰安旅行などに代わり、健康管理や自己啓発などへのニーズが高くなっている。
例えば、日本経団連の調査によれば、法定外福利費の一つである「文化・体育・レクリエーション」の「施設・運営」にかかる従業員一人当たり1ヵ月平均費用は、2010年度は1,055円だが、2019年度は743円に減少している。代わりに、同項目の「活動への補助」は1,049円(2010年度)から1,326円(2019年度)と126%増加しており、企業が推進する従業員間のコミュニケーションの形の変化がうかがえる。
法定外福利厚生は、「質の高い個人生活を支援する」「多様な人材を確保する」「社会保障との分担を図る」といった目的に変化しているのである。
●一様ではない福利厚生施策のありかた
かつてのように“総花的”で“一様”であるのは合理的ではない。そのためにも、福利厚生に対するポリシーを持ち、これまでの内容を見直し、新しい時代に即したものへと再構築していくことが、人事担当者に求められている。
重要なのは、法定外福利厚生が従業員の多様なニーズに対応しつつ、企業の経営方針や実際の事業との関係で成り立っていること。これが、法定福利厚生との違いである。その点を十分に考慮しながら、再構築していくことがポイントだ。
人事労務施策の中で、福利厚生施策は次のような方針で進めていくとよいだろう。
ライフサイクルに対応した施策の展開 | 施策の一貫性、他の施策との相乗効果を考えて展開する |
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受益者負担と自助努力 | 従業員の自立をベースとした施策にウエートを移す。従業員自身にライフプランを作らせ、それを援助するという形を志向する |
費用対効果の把握 | 最小の費用で最大の効果を上げるよう、目的の明確化と運営方法の効率化を図る。そのために施設の共同利用、専業化、委託化、請負化などを進める |
重点化とリストラクチャリング | ライフステージごとに重点目標を立て、他の施策と連携して実施することで効果が上がる。そのためにも、常に古くなった施策はリストラクチャリングする |
総人件費の中の位置付け | 福利厚生は企業の生産性向上の成果配分の一形態と捉え、他の労働条件(賃金、労働時間、定年延長など)とのバランスの上で決定する。その際、労使の共通認識を作ることが大切である |
現在の福利厚生は、賃金水準を補填する経済的側面の役割が薄くなった。しかし、企業は福利厚生の内容によって、賃金以外の面で従業員の満足度を向上させることができる。賃金だけで人材を引き付け、貢献してもらうことにはどうしても限界があるため、福利厚生施策をうまくミックスさせることで、自社に必要な人材の確保、定着、活性化へとつなげていくのである。
福利厚生施策を効果的に運用するポイント
企業が福利厚生施策を効果的に運用していくには、どんなことに留意すればいいのか。
●非正規社員など、多様な立場の従業員への対応
労働市場は多様化し、もはや正社員だけが福利厚生の対象とはいえない。非正規社員や時短勤務、派遣社員など、企業で働くさまざまな立場の従業員を考慮しながら福利厚生メニューを検討する必要がある。
2020年4月より施行された『パートタイム・有期雇用労働法』および『労働者派遣法』の改正に伴う同一労働同一賃金の導入では、合理的な理由がある場合を除いて、正社員と非正規社員の間に福利厚生を含む待遇格差があってはならないとしている。
また、制度の導入・設置だけではなく、制度利用についても従業員に対して周知しなければならない。業務内容や職位など合理的と判断される理由なしに、社員の間に福利厚生の待遇格差が生まれていないか、見直しの際には注意が必要だ。
出産・育児世代への福利厚生も、これからの時代のポイントとなる。日本経団連の調査によれば、法定外福利費のうち育児関連費用は年々増加しており、2000年には従業員一人当たり1ヵ月平均20円だった同項目が、2018年度は442円、2019年度は428円となり、高水準を維持している。
一人ひとりがキャリアを模索する時代、ライフプランにわたって多様な就業形態のニーズに応える福利厚生が求められるだろう。
●アウトソーシングの活用
近年は福利厚生に関する業務を、外部機関にアウトソースする企業が増えている。受託企業では、全てのサービスの仲介や発注・精算などの管理業務を、従業員一人当たりの料金単価を固定して提供する。手間がかからず、従業員のニーズに素早く応えることができるほか、サービスの種類が豊富で低コストであるなどのメリットがある。 ただし、こうしたアウトソーサーには福利厚生サービスを利用する従業員の入退社の報告が必要である。パート・アルバイト・派遣社員など短期間で異動する可能性がある社員区分については、入社後一定期間が経過した後に加入対象にするなど、適用ルールを検討することで事務負担を減らすことができる。
多様なニーズに応えるカフェテリアプラン
アウトソーシングサービスの中でも、用意されたメニューに加え、自社独自のサービスを組み合わせることができるカフェテリアプランは、多様化する社員のニーズに応える福利厚生のありかただ。 カフェテリアプランでは、会社が福利厚生費をポイントとして従業員に配分し、従業員がそのポイントを使って、用意された福利厚生メニューから自由に選んで利用する。福利厚生費の管理が容易になるほか、従業員が多彩なプランの中から自分で選ぶことにより満足感を得られることが大きな特徴だ。 また、カフェテリアプランなら、アルバイト・パートなどの非正規社員や派遣社員にも、相応の福利厚生を提供することができる。これは法定外福利費を節減したい企業にとって有力な手段の一つである。今後、中小企業やベンチャー企業などでは、カフェテリアプランを導入するケースが増えることが予測される。
会社と個人がWin-Winになるために能力開発・成長の機会を中心に置く
これまでの福利厚生は、寮や社宅、保養所に代表されるような「ハード」に重きを置いていたが、今後は教育機会を従業員自らが選ぶ「ソフト」化へと進んでいくことが予測される。ハード面が弱くなるとともに、「生活保障」的な部分も少なくなり、個々人の将来にわたる「能力開発」に対する支給が増えていくだろう。
●終身雇用を前提としない世代の出現
最近の新入社員は、定年まで勤めることを想定していないケースが多い。このような若い人たちが福利厚生に求めるものは、中高年とは方向性が違ってくるはず。若い人たちにとって最高の福利厚生とは、自分を成長させる機会やチャンスを提供することではないだろうか。自分が成長している実感を持つことができれば、若手社員が定着し、組織は活性化する。それは企業の持続的な発展のために、欠かせない要件だ。まさに、Win-Winの関係を構築できるのだ。
●求められるのは「成長支援」
これからの福利厚生に求められるのは「動機付け要因」としての能力開発、また、自己実現の支援だ。もちろん、衛生要因として一定水準の福利厚生施策は必要だが、あまり固執すると際限がなくなってしまう。それよりも、従業員の成長を会社として継続的にサポートしていくことが重要だ。従業員も「長くこの会社で働きたい、貢献したい」と考えるようになるだろう。